R-1グランプリ2026で芸歴15年目にして初の決勝進出を決めた今井らいぱちさん。「実家はどんな会社?」「学歴は?」「父親や母親はどんな人?」「嫁との馴れ初めは?」といった疑問を、本人のインタビューや公式情報をもとに深く掘り下げました。
今井らいぱちの実家は琵琶湖の鰻で100年続く老舗企業
今井らいぱちさん(本名:今井将人)の実家は、滋賀県大津市逢坂にある「魚重産業株式会社」です。大正10年(1921年)に曾祖父が創業した淡水魚の卸売・加工会社で、料亭やホテルに鰻や鮎を卸しています。
魚重産業の公式サイトによると、もともとは「魚重商店」という個人経営の店として大津市上関寺27番地で始まりました。琵琶湖産の淡水魚と鳥肉の卸販売からスタートし、1960年に法人化して現在の社名になっています。現社長は今井博司氏で、代々今井家が経営を受け継いできました。
今井らいぱちの実家の兄弟は「魚と笑いの一家」
創業100年を超える老舗だけあって、兄弟全員の人生にも実家の影響が色濃く出ています。3歳上の長男は家業を継いで魚重産業の専務取締役を務めながら、YouTubeで「鮎太郎」として琵琶湖の魚の魅力を発信しています。1歳下の三男・健人さんは実家の鰻を仕入れて鰻丼屋「うなぎ 串焼 たけ」を滋賀県内で営んでおり、9歳下の四男は毎年アマチュアでM-1グランプリに出場しています(よしもと漫才劇場インタビューより)。鰻屋に芸人にYouTuber——「魚と笑いの一家」という表現がぴったりの家系です。
ちなみに、出身地の「逢坂(おうさか)」は大阪ではなく滋賀県大津市の地名です。元コンビ「ヒガシ逢ウサカ」の「逢ウサカ」はここから取られており、「大阪出身」と勘違いされやすいですが正しくは滋賀です。
今井らいぱちの父と母——芸人の道を後押しした家族構成
今井らいぱちさんは4人兄弟の次男で、父親は魚重産業に関わる人物です。母親の詳細は公表されていませんが、4人の息子を大学まで進学させた家庭で育ちました。
今井らいぱちの父が放った一言「今行け!」
父親について最も有名なエピソードは、らいぱちさんが22歳のときの出来事です。大学を卒業して教員採用試験に落ちた後、「お笑い芸人になりたい」と言い出せずにいた今井さんは、生まれて初めて父親を飲みに誘いました。ほろ酔いになった頃にようやく「1年間バイトしてNSCの授業料を貯めてから……」と切り出すと、父親は即座にこう返しています。「お前、今行きたいんやろ。お前が本気で死ぬ気で頑張ればお金はいつでも貯めれるから、今行け!」——本人は「おとんと話してからは、迷いは一切なくなりました」と振り返っています(ch FILES関西版・2022年10月インタビューより)。
大学まで出した息子が「芸人になりたい」と打ち明けるのは、老舗企業を営む家庭では相当勇気がいる話だったはずです。しかし父親は遠回りを許さず「今すぐ行け」と背中を押しました。この判断がなければ、NSC大阪校33期の同期に霜降り明星や見取り図がいる環境に飛び込むタイミングを逃していた可能性もあります。
今井らいぱちの父のユニークなエピソード
父親には愉快な一面もあります。ある元日に実家へ帰省した際、テレビに映っている今井さんに向かって「こいつ何なんだよ!」とキレていたそうです。本人はSNSで「隣にいるんだけど……」とツッコんでいました(Infoseek楽天ニュースより)。
今井らいぱちの家族構成——弟もNSC出身だった
兄弟の中で芸人を目指したのはらいぱちさんだけではありません。三男の健人さんもNSC大阪校30期生として「大介・健人」というコンビで活動していました。しかし1年で辞めており、芸人の道を最後まで歩み続けているのはらいぱちさんだけです。お笑い好きの原点は、長男が集めていた雑誌「マンスリーよしもと」を幼い頃から読んでいたことにあります。
今井らいぱちの学歴——大津商業高校で野球漬け、大学で教員免許取得
今井らいぱちさんの最終学歴は岐阜経済大学(現・岐阜協立大学)卒業です。大津市立打出中学校、滋賀県立大津商業高等学校を経て進学し、高校保健体育と商業科目の教員免許を取得しています。
今井らいぱちの学歴の原点——小学校でお笑いに目覚める
お笑いへの目覚めは小学生の頃でした。「ダウンタウンのごっつええ感じ」を見て翌日に学校でキャラの真似をして友達を笑わせていたそうで、卒業文集に「将来の夢はお笑い芸人」と書いています。中学ではM-1グランプリの放送が始まり、笑い飯の漫才を見て「なんて面白い人たちがこの世にいるんだ!」と衝撃を受けました(ch FILES関西版インタビューより)。
今井らいぱちの高校時代——芸名「らいぱち」が生まれた代打ホームラン
しかし、すぐに芸人を目指したわけではありません。中学・高校では野球部に打ち込み、高校時代は朝5時起床で朝練、夕方から夜9〜10時まで練習という日々を3年間続けました。高3でキャプテンに就任しましたが、プレッシャーで成績が振るわず秋の大会でレギュラーを外されます。ところがベンチで応援していた試合で「今井!代打や!」と声がかかり、ホームランを放ちました。しかもそのホームランでコールド勝ちが決まるという、本人いわく「もうドラマよ」という展開でした。ポジションはライトで打順は8番——この「ライト8番」が後の芸名「らいぱち」の由来です。
今井らいぱちの学歴と教師の夢——教育実習では「まさと先生」
大学では「友だちみたいな感覚の先生になりたい」と教師を目指し、教育実習では高校2年生のクラスを受け持ちました。生徒から下の名前「まさと」で呼ばれるほど親しまれ、部活動では硬式野球部を見ていたそうです(よしもと漫才劇場コラムより)。しかし教員採用試験の5教科筆記で全く歯が立たず不合格になり、「それならお笑い芸人を一回やってみようかな」という消去法的な決断が、芸人人生の出発点になりました。
今井らいぱちの嫁との馴れ初め——コロナで頓挫したプロポーズと逆プロポーズ
今井らいぱちさんは2021年7月7日(七夕)に一般女性と入籍しています。3年半の交際を経ての結婚で、馴れ初めは今井さんが通っていた居酒屋でした。
今井らいぱちの嫁は「Dream Ami似」の元居酒屋店員
奥さんは当時33歳で、今井さんが常連だった居酒屋の店員です。テレビ大阪「チャリンジャーZ」の記者会見で結婚を発表した際、容姿を「Dream Ami似」と紹介されました(MANTANWEB・2021年7月25日より)。
今井らいぱちの嫁からの逆プロポーズ
プロポーズにまつわるエピソードもユニークです。もともと2020年11月にプロポーズする予定でしたが、その前日に今井さんがコロナに感染して断念。結局、2021年4月の京都旅行で奥さんの方から逆プロポーズを受けて結婚が決まりました。婚姻届の証人はアインシュタインの河井ゆずるさんが務めており、結婚発表の場で今井さんは「対向車のハイビームぐらい、まぶしい家庭を築きたい」と芸人らしいコメントを残しています。
今井らいぱちの子供は3人——双子誕生で5人家族に
現在は子供が3人います。第1子の詳細は公表されていませんが、2025年8月20日に双子が誕生し、5人家族になりました。出産に立ち会って号泣したそうで、Instagramでは「家族を幸せにするため、より一層精進してまいります」と報告しています(テレビ朝日ニュース・2025年8月20日より)。
今井らいぱちの東京単身赴任——朝5時からUber Eats配達の日々
しかし家族との暮らしは順風満帆ではありません。2024年4月に東京へ活動拠点を移して以来、妻子は大阪に残したまま単身赴任を続けています。見取り図の盛山晋太郎さんはABEMAの番組で「朝5時からUber Eatsで配達している」と明かしており、バイトを掛け持ちしながら3人の子供を養う生活です。
まとめ——「今行け!」から15年、背水の陣で掴んだR-1決勝
今井らいぱちさんは、大正創業の老舗・魚重産業に生まれ、野球と教師の夢を経て、父の「今行け!」という言葉で22歳からお笑いの世界に飛び込みました。10年間のコンビ活動を経てピン芸人に転身し、見取り図・盛山さんに授けられた「らいぱち」という芸名で運気を掴んでいます。
東京で朝5時からUber Eatsを配達しながら、大阪に残した妻と3人の子供を養う日々。R-1グランプリ2026の準決勝後に本人が語った「決勝に行けなければ大阪に帰る予定でした」という言葉が、15年間の重みを物語っています。決勝は2026年3月21日です。
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